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第103師団(だいひゃくさんしだん)は、大日本帝国陸軍の師団の一つ。 1944年(昭和19年)5月に策定された「十一号作戦準備」(「準備」)に基づき、フィリピンにおいて独立混成旅団4個を基幹に各々師団に改編して編成した内の一つ。 ==沿革== 1944年6月、フィリピン、ルソン島所在の独立混成第32旅団を基幹により編成され、第14方面軍に編入された。当初、第103師団はルソン島北部を担任し、担当区域の西を歩兵第79旅団が、東を歩兵第80旅団が担っていた。 第103師団はレイテ島の戦いの進行中もルソン島北部を担当していたが、1945年(昭和20年)1月、防衛体制の改編に伴い設けられた山下奉文第14方面軍司令官直率の尚武集団に属し、ルソン島北端アパリとルソン島北部西側の防衛を担った。 1945年1月9日、アメリカ軍がリンガエン湾に上陸し、北部にも部隊を差し向けた。その防衛のため第103師団主力が派遣されたが、カガヤン付近で敗れた後、優勢なアメリカ軍に圧迫され師団は山岳地帯に退却した。飢餓などの困難な状況の中で持久戦を継続し終戦を迎えた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「第103師団 (日本軍)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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